「実は私、プリテンダーなの。今は就活生をプリテンドしているわ」
「Pretender…?」
聞き慣れない職業に、ケア美は思わずとてもいい発音で返してしまう。優子はケア美の発音に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐさま余裕の笑みを取り戻した。
「その発音なら、意味は理解できているでしょう。言うなれば私は、『あたかも○○のように振る舞う者』といったところかしら」
「あたかも○○のように振る舞う者……」
それがどのようにお金につながるのか、そもそもそれはモノマネとどう違うのか……さまざまな疑問がケア美の脳裏をよぎる。
「プリテンダーについて、まだうまく整理できないようね。いいわ。詳しく説明してあげる」
そう言って優子は、プリテンダーという職業が髭男の同タイトル曲のヒットとともに立ち現れたこと、プリテンダーのなかには「あたかも○○のように振る舞う芸」そのものでお金を稼ぐ者もいるし、「あたかも○○のように振る舞う技術」を活かしてスパイ活動などに従事する者もいることなどを、2分ほどで解説した。
「それで、あなたは『どっち側』なの?」
優子の話を受けて、ケア美は厳しい表情で彼女に問うた。優子を追及しようという気持ちがあったわけではない。二つの区分が提示された際、相手が「どっち側」につくのか、ケア美は確かめなくては済まない性分だった。いやむしろ、「あなたは『どっち側』なの?」という台詞を言いたい気持ちに先導されているだけかもしれなかった。
「技術を活かす側……と言いたいところだけど、それだけじゃ生活できないのが現実ね」
自嘲の笑みを浮かべ、優子はそう答えた。どうやら「あたかも○○のように振る舞う芸」でお金を稼ぐ者は、プリテンダー業界では軽蔑の対象であるらしかった。
どの業界に身を置こうが、格差は必然的に生じてしまう……そう思うと、ケア美は目の前の優子をケアしたい衝動に駆られた。
「……そうだ!あなた、オバンドーをpretendすることはpossible?」
pretendのいい発音に釣られて、思わずpossibleの語が出てしまった。いい発音の連鎖反応だ。
「オバンドーって、2000年にパリーグのOPS1位になった、あの日ハムの……? 動画があれば、できると思うけど」
ケア美はすぐさま、赤い水玉模様のリュックからdynabookを取り出した。さっきまでそんなリュックは背負っていなかったが、ケア美はスマートフォンを持っていなかったので、耐久性に優れるdynabookを使うしかなかったのだ。
オバンドーで動画検索すると、彼のホームランボールがカメラのレンズに直撃して粉砕する映像がヒットした。
「いけるわ」
優子の確信した表情には、すでにオバンドーの無精髭の気配すら漂っている。ケア美は勇気づけられたように、老人が去って行った方向に走り出した。