寒暖差ケア美の物語

第1話

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ケア美が幼稚園のドーム爆破に思い至ったのは、入園から1ヶ月後のことだった。

胎児の頃の爆音教育により、ケア美にはいささか攻撃的な性分が備わっていた。目的のためなら、手段を選ばないところがあったのである。

それでも、いきなり爆破計画を企図するほど、ケア美は直情的だったわけではない。エバーグリーン幼稚園の、常時適温に保たれた空間が、子どもの心身の成長に歪みを生じさせるという主張を、署名活動やYouTube、オウンドメディアなど、さまざまな形で広めようとしてきたのである。

しかし、それらの活動はすべて圧殺されてしまった。そもそも、最初がよくなかったのである。入園式で、エバーグリーン園長のスピーチに対し、その場で異議を唱えたのだ。

旧式のミラーボールが暗い会場を水族館じみて照らすなか登場したエバーグリーン園長は、なぜかキュベレイのような肩パッドを装着しているがゆえに、横幅が本来の4~5倍ほどにも膨れ上がっており、その左手に握られた手綱には、麒麟に似た生物がつながれている。ビールのロゴよりも、少し神経質そうな顔をしていて、大きさはちょうど豆柴くらいのように見える。

ステージ中央で足を止めた園長は、麒麟を肩パッドに収納し、おもむろにマイクに手を伸ばした。

「センチメンタル・ジャーニー」

そう一言つぶやくと、突然照明が暗転し、次の瞬間、スポットライトが園長を映し出したかと思えば、そこにいるのは宙に浮く麒麟だった。

(あらゆる生物の本質は、環境への適応にある)

園長が直接、オーディエンスの脳内に語りかけてくる。

(適応はおのずと競争を生む。ある特定の環境は、淘汰する者、淘汰される者を必然的に分かつ。私はそのような残虐な世界を否定したい。それがこの幼稚園の、レゾンデートル)

フランス語特有のRが妙にはっきり再現されていると思ったら、園長はいつのまにか普通にマイクに向かって話していた。肩パッドはもうなくなっている。

「ニュートラルな環境を目指して半世紀。その取り組みは、世界にも前例のない、まったく新しい生命のあり方を可能にしました」

急に企業のPR調になった。混乱するケア美をよそに、麒麟はオーディエンスの上空を飛び回っている。

「それがこの、飛ぶ麒麟だ。ニュートラルな環境は、さまざまな観念を実現するのに最適な空間となった。想像上の生物も、このように実体をまとうことができる。たとえるならここは、イデア界といってもいい」

イデア界、と聞いた瞬間、ケア美はすべてを察した。たとえるならここは、イデア界なのだ。ケア美は両足に力を込め、スロットの目押しの要領でタイミングを計って跳躍した。

着地したケア美の拳には、麒麟の首が握られている。

「動けばkill」

手刀を麒麟の額に突きつけながら、ケア美は低い声でそう囁いた。麒麟はセミのように絶え間なく振動している。

そのまま、ケア美はステージ上へと向かった。

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